あなたは、ゲームは好きですか。私は大好きです。
最初に触れたのはファミコンのスーパーマリオブラザーズでした。それ以来色々なゲームをプレイしてきました。今でも楽しくゲームをしています。
しかし、世の中には、大人になってゲームを楽しめなくなってしまった、ゲームに疲れてしまった、ゲームに飽きてしまったという人がたくさんいます。
なぜ大人になるとゲームを楽しむことができなくなってしまうのでしょうか。
目次
面白いゲームが少なくなった?→そうでもない
まず考えられるのは、昔のゲームに比べて最近のゲームが面白くなくなったということです。
大人になったからではなく、ゲーム自体が面白くなくなったのであれば、楽しめなくなったというのもうなずける話です。
ですが、巷ではどうでしょう。子供や若者は、今でも楽しそうにゲームをやっているのではありませんか。公園で体を動かさずにゲームをやっているのを嘆く声もありました。
スマホゲームの市場は、今なお伸びているという話も聞きます。形を変えて、ゲームそのものは今でも楽しまれているようです。
今でも多くの人がゲームを楽しんでいることを考えると、ゲームそのものが面白くなくなったというのはどうも違いそうです。
ゲームは若年層向けの娯楽→本当にそう?
ゲームが子供、若者向けの娯楽であるために、大人になると楽しめなくなってしまうという意見です。
なるほど確かにゲームというのは若年層向けの娯楽なのかもしれません。私の中にもそういったイメージはありますし、世間的にもそうなのかもしれません。
ですが、果たして本当にそうでしょうか。
ファミコンが出てたったの30年、子供の頃からゲームをしてきたお年寄りというのは未だ存在しません。それどころか、中高年ですらいません。そのため、生涯のライフワークになりうるかどうかを判断することはできません。
つまるところ、ゲームが若年層向けの娯楽かどうかを判断することはまだできないのです。イメージは確かにそうですが、今後30年でイメージが変わってくるかもしれません。また30年後に検証する必要があるでしょう。
大人ってそういうものだから→論外
大人というのはそういう生き物なのだ、子供じゃないんだから早く卒業した方がいい、という意見です。
はっきり言って話になりません。
論理の飛躍が過ぎます。
他の娯楽がたくさんある→ありうる
ゲームより面白い娯楽があって、それに比べると面白さで負けているという意見もあります。
これは大いにあり得ます。子供の時は行動範囲が限られていて、使えるお金の量も大人よりも格段に少なくなっています。
子供の時と比べて娯楽の選択肢が格段に多くなっていることもあり、新しく、新鮮な娯楽に魅力を感じているのでしょう。
それと比較したときに、ゲームの面白さが見劣りして見えて、以前ほどのめり込むことができなくなってしまっているのかもしれません。
ただし、これについてはゲームそのものが面白くなくなってきているわけではないということは念頭に置いておく必要があります。
時間がない→大いにありうる
大人になると、ほとんどの人は就職します。就職すると毎日8時間拘束されることになり、学生時代に比べると格段に時間がとれなくなります。さらに懲役40年とも形容されるように、これがずっと続くものですから、大人になると時間がとれなくなるのは確かです。むむ。
結婚したり、子供ができたりすればさらに時間がとれなくなるので、当然ゲームにかけられる時間は限られてきます。また、そのことにより、精神的に余裕をもってゲームを遊ぶことができなくなり、心の底から楽しむことができなくなるのかもしれません。もしもゲームが一番の趣味でないなら、一番の趣味で精一杯になって、ゲームまで時間が割けなくなるかもしれません。
大人になるとすべきことが多くなり、余裕がなくなるために楽しめなくなる。この図式は確かにあるのでしょう。悲しいことです。
ゲームが楽しめなくなるのはなぜ?→大人になったからではない
ここまでで大体お察しいただけると思いますが、ゲームそのものはつまらなくなってなどいません。そして、あなたが大人になったからでもありません。
結局のところ、あなたを取り巻く環境の変化によるものです。色々なことができるようになり、色々なことをしなければならなくなり、その結果、ゲームに注げる時間と熱が少なくなってしまったのです。
昔好きだったゲームをまた楽しみたい。もしもあなたがそう思うのなら、今よりも少しだけ、早くおうちに帰ってみませんか。
ただ寝る時間が増えるだけかもしれません。食事の時間が早くなるだけかもしれません。他の趣味に使う時間が増えるだけかもしれません。
それでも、たった少しの時間さえあればできるゲームが、世の中にはいくつもあります。ただ再び触れるだけで、あなたはきっとゲームを楽しむことを、ゲームを楽しんでいた頃を思い出すことができるはずです。
是非再び、ゲームをしましょう。私と一緒にゲームをしましょう。楽しくゲームをしていた頃を思い出して。